研究紹介
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感音難聴と脳機能画像

我々人間が音を感じるメカニズムは、空気の疎密波である音が耳介で集められ、外耳道から鼓膜へ伝わり、鼓膜の振動が耳小骨での増幅を受け、蝸牛に充満しているリンパ液の振動と変換されます。蝸牛リンパ液の振動によって、音を感じる有毛細胞の興奮が生じ、神経信号に変換されることにより、音を感じる脳で音として認識しています。

難聴とは、以上の経路のいずれかに問題が生じた状態であり、外耳道から鼓膜までの外耳や耳小骨周囲などの中耳に問題があって音が伝わりにくくなることを伝音難聴、蝸牛が存在する内耳以降に問題が生じた状態を感音難聴、その両者が合併している状態を混合性難聴と呼びます。
難聴の中で最も多いのは加齢に伴う老人性難聴であり、次いで強大音によって有毛細胞が障害を受ける騒音性難聴とされており、共に蝸牛有毛細胞障害が原因とされています。哺乳類の蝸牛有毛細胞は一度障害を受けると再生できないことから、感音難聴の治療は補聴器や人工内耳などの人工聴覚器が中心となっています。

近年の研究によって、難聴は単なるコミュニケーション能力の低下を招くだけではなく、うつや社会的孤立につながること(Rutherford BR, et al. Am J Psychiatry, 2018.)や、中年期における認知症の予防可能な最大の危険因子であること(Livingston G, et al. Lancet, 2020.)が知られており、難聴がもたらす社会・経済への損失は全世界で100兆円規模と推計され、甚大であるとされています。難聴者に対し、補聴器や人工内耳などを用いることで、認知機能の改善につながるとされる報告(Lin FR, et al. Lancet, 2023., Andries E, et al. JAMAotolaryngology, 2023.)もあり、その有用性に注目が集まっています。

さらに、感音難聴に対して補聴器装用を行った場合に、言葉の聞き取り能力(語音明瞭度)は、難聴の程度によって限界が定まっており、補聴器を用いてもその限界(最高語音明瞭度)は改善しないとされてきました。しかしながら、適切に補聴器装用を行うことによって、最高語音明瞭度が改善する症例にしばしば遭遇することがあります(図)。

補聴器装用によって、補聴器非装用時の語音明瞭度が改善した例
図.補聴器装用によって、補聴器非装用時の語音明瞭度が改善した例

これらの変化は、難聴治療を行うことが、脳など中枢神経系に対して影響を与えるということを示唆しますが、実際に中枢神経系にどのような変化を起こすのか、特に治療に伴う変化については未解明の部分が多いです。そこで当センターでは、難聴者を対象に、MRIなどを用いた脳機能画像評価を行い、感音難聴が中枢に与える影響や、難聴治療に伴う変化などを考慮した診療を放射線診断科や、メモリークリニックの専門家と共に行っています。