研究紹介
Research
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人工聴覚器

人工聴覚器とは、難聴者の聴力障害を改善させるための治療器具の総称であり、補聴器が代表的ですが、人工内耳など治療器具を体内に植え込む手術を要するものも存在します。難聴の中でも感音難聴は、有毛細胞障害を背景とし、再生することが困難であることから、人工聴覚器が治療の中心となります(聴覚センターHPの感音難聴と脳機能画像の項を参照)。また伝音難聴においても、外耳や中耳における特定の奇形などは手術加療が困難であることがあり、その場合も人工聴覚器が治療の中心となります。人工聴覚器全般として、テクノロジーの進歩に伴い、ユーザーフレンドリーかつ高機能化が進んでおり、難聴者が得られるメリットは大きくなってきています。

図1.気導補聴器
図2.軟骨伝導補聴器
図3.骨伝導補聴器

人工聴覚器の中で最も一般的なものが、補聴器です。補聴器は大きく分けて気導補聴器、骨導補聴器、軟骨伝導補聴器の3種類が存在し、いわゆる一般的な補聴器は気導補聴器です(図1)。骨導補聴器や軟骨伝導補聴器は、外耳道が閉鎖している症例や持続的に耳だれ(耳漏)が続くなど、気導補聴器が使えない特別な症例が中心的対象です。特に軟骨伝導補聴器は本邦で発明された新たな補聴器であり、耳介軟骨の振動が高率良く外耳道内に音響振動として伝導していく、軟骨伝導という新たな聴覚伝導経路を活用した補聴器です(図2)。骨導補聴器と軟骨伝導補聴器は、ほぼ同程度の補聴効果が得られるものの、骨導補聴器(図3)は頭部に圧迫して固定する必要があるため、機器が大きく装用感はあまり良くない反面、固定性に優れるため小児の両側小耳症例など確実な聴覚補償が必要な症例が良い適応です。一方の軟骨伝導補聴器は、機器が小さく振動子が軟骨に触れ合う程度で効果を得られるため装用感に優れる上に、左右の聞き分け(両耳聴)が可能であることから一側性外耳道閉鎖症や持続性耳漏の症例が良い適応となります。また軟骨伝導補聴器は外側から圧迫しても装用効果が変わらないという特徴を持ちます。当センターでは、その特徴を活用して3Dプリント技術を活用した高精細な義耳と軟骨伝導補聴器を組み合わせることで、小耳症の審美面と聴覚両面を非侵襲的に改善させることができる、世界で初めての治療であるAPiCHA(Auricular prosthesis incorporating a cartilage conduction hearing aid)を用いた治療を行っています(図4)。
(KOMPAS : https://kompas.hosp.keio.ac.jp/contents/medical_info/presentation/202204.html

図4.小耳症に対するAPiCHAを用いた非侵襲的な審美・聴覚同時改善治療

次に対象患者の多い人工聴覚器が、人工内耳(KOMPAS : https://kompas.hosp.keio.ac.jp/contents/000772.html)です。人工内耳は1985年に開発された機器で、内耳(蝸牛)に電極を挿入し、外界からの音信号を電気信号に変換して、直接蝸牛神経を電気刺激することで音として認識できる治療です。2024年までに全世界で60万例以上が人工内耳手術を受けていて、日本国内でも3万例以上の症例が蓄積されています。人工内耳の適応となる難聴者は、両側高度難聴以上で補聴器を装用しても言語聴取困難な症例です。近年では、片耳ではなく両耳人工内耳装用による利点が多数報告されています(Lee C, et al. Ont Health Technol Assess Ser, 2018.など)。

埋込型骨導デバイスは完全埋込型と経皮型に大別されます。完全埋込型(図5)は全身麻酔下に振動子を直接側頭骨に固定することで、外側に骨導デバイスが露出しないというメリットはありますが、振動子によるMRI撮影時のアーチファクトが大きいというデメリットがあります。またz現状用いることができるデバイスは、経皮型と比べて適応となる聴力の範囲が小さいという特徴があります。経皮型(図6)は振動子を接続するためのチタンインプラントを側頭骨に固定し、振動子は脱着が可能です。インプラントが外側に露出するため皮膚トラブルが発生する可能性はありますが、適切なインプラントを選択した場合の、処置が必要となる合併症の発生頻度は2%程度とされています(Succar, et al.; J.L.O.; 2023)。また、経皮型の手術は、局所麻酔で日帰り手術が可能であり、MRI撮影時のアーチファクトが非常に小さく、現状用いることができるデバイスは、完全埋込型と比較して適応となる聴力の範囲が大きく、手術前に試聴ができるということも利点と考えられます。

振動子を中耳内に植込み、耳小骨などに音の振動を伝える人工聴覚器が人工中耳(図7)です。植込手術は全身麻酔で行い、中耳手術や補聴器では改善困難な中耳疾患が中心的適応となります。中耳伝音系を活用するため、両耳聴が可能であるという利点がありますが、振動子自体が磁性体であるため、MRIのアーチファクトが大きいというリスクがあります。

図5.完全埋め込み型
骨導インプラント
MEDEL社ホームページより引用
図6.経皮型骨導インプラント (骨固定型補聴器) Cochlear社ホームページより引用
図7.人工中耳
MEDEL社ホームページより引用